釘刺し試験ほどあてにならない安全性テストはない件~BYDのBrade Batteryについて

釘刺し試験ほどあてにならない安全性テストはない件~BYDのBrade Batteryについて

先日、BYDが「Blade Battery」という名前のリン酸鉄リチウム正極を使用した電池を発表していました。その中で、安全性のアピールとして釘刺し試験の動画が上映されていました。(↓の動画の39:12~)

この手の釘刺し試験の動画は、電池メーカーが自社製品の安全性をアピールするために大々的に公開されていることが多いです。かなりビジュアル的にも分かりやすいので、このような動画を見ると凄いと感じる方は多いと思います。

しかし、実は釘刺し試験は安全性テストとしては正直なところ厳しい試験でもなく、試験条件によって結果が大きく変わることも多い定量性に欠ける試験でもあります。業界内では釘刺し試験ほどあてにならない試験はないと言う人も多いくらいです。

それにもかかわらず、上記の記事でこのような記述がされているのを見て驚きを隠せませんでした。

弗迪電池の何会長は発表会の席上で「過去には穿刺テストは国家基準に含まれていたが、多くの三元系リチウムイオンバッテリーが合格できず、国家基準からは外された」と発言している。事実、中国工業情報化部は昨年初め、穿刺テストを「最も複雑で厳格なもの」としてその実施を一時見送りにすると発表している。

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この言葉を本気で信じる人が増えてしまったら、リチウムイオン電池の安全性について間違った認識をしてしまう人が増えてしまいそうだと感じたので今回の記事でしっかりと解説したいと思います。

釘刺し試験は条件に大きく左右される

釘刺し試験において重要であるにもかかわらず多くの人が認識していない事実として、その結果が試験条件によって大きく左右されるという点です。

つまり、恣意的に「緩い」試験条件にすることにより安全性に優れていない電池でも試験をパスさせることができるということです。

例えば、釘を刺すスピード一つ取っても結果は大きく変化します。下の図はNTTファシリティーズ総研の研究によるものですが、釘を刺す速度を10倍速くするだけで「熱暴走」が起きないという結果が得られています。

釘刺し試験の結果に影響する試験条件は上のNTTファシリティーズ総研の報告の中で言及されているだけでも次のようなものがあります。

  • 釘を刺す速度
  • 釘の先端形状
  • 釘の材質
  • 釘を刺す深さ

これだけ多くの試験条件が複合的に絡み合うため、そもそも釘刺し試験という方法自体が定量性に欠ける側面があります。

さらに、一般に釘刺し試験は細い釘をゆっくりと浅く(電極を1~2層短絡させるのみ)刺す方がシビアな試験になると言われています。その方が短絡時の電流が局所的に集中しやすく発火・爆発しやすいのです。 NTTファシリティーズ総研の報告 でも同じようなことが指摘されています。

これは一般的な人が持つような、太い釘を速く深く刺した方が激しい試験になるという直感・イメージに反するため勘違いされやすい部分かと思われます。

そこで再びこの動画の39:12~頃からの釘刺し試験を見ていただきたいのですが…思いっきり太い釘を速く、全貫通させてますね(笑)。この動画を電池メーカーの人が見たら失笑するレベルで緩い条件です。

逆に言ってしまえば、最初の二つの比較用の電池がどれくらい危険かということもお分かりいただけるかと思います。よほど安全性を度外視した設計でないとあそこまで激しく発熱・発火・爆発はしません。

ただ筆者の肌感覚ではありますが、特に中国で出回っているような電池はあのレベルのものもかなり多いです。中国でEVの発火事故が多発しているのもそのような背景が関係していると思われます。

JIS規格には釘刺し試験は入っていない

上で述べたような背景があることからポータブル機器用以外のJIS規格の中では安全性試験として釘刺し試験は入っていません。釘刺し試験は厳密さを求められるような規格にはふさわしい試験とは言い難いのです。

釘刺し試験の代わりに、ニッケル片を故意に電池内部に入れた状態で充電し圧力をかける強制内部短絡試験が規格として定められています。

https://www.yama-kin.co.jp/vocabulary/ka/ka6.html

また、釘刺し試験というのはあくまで電池内部の短絡に対する安全性試験にすぎません。

もう一つ付け加えると、内部短絡に対しては安全な電池でも過充電には弱い電池もあります。なので、釘刺し試験だけの結果を見て安全だと断言するのは危険極まりないのです。

https://www.yama-kin.co.jp/vocabulary/ka/ka6.html

実際には、それぞれの規格においてこれだけの安全性試験を含めたテストがリチウムイオンの製造者には課せられています。

それにもかかわらず、釘刺し試験はそのビジュアル的な分かりやすさから冒頭のBYDの報道のようにフィーチャーされがちです。そのため、実際にはそうとも限らないのにその電池が安全であるというイメージが広がりかねないのです。

最近ではリチウムイオン電池の安全性に対する懸念が高まっているためメーカー側もそこに重点を置いてアピールするようになってきたのですが、願わくば本当に安全なリチウムイオン電池を開発してほしいと思います。

そしてリチウムイオン電池を使う側の人たちも、釘刺し試験に限らず安全性について見てくれのデータに騙されないように気をつけながら見極める意識は大切にしてほしいです。